2013(Uncensored)

“ニューンベツ”としか俺には聞こえなかったので“ニューンベツ”と呼ぶことにした。彼らはこの星系を巡る精神の残さだ。今から話すことは、君らには何度か説明したことがあると思う。


ニューンベツは今、この時代に最も地球に接近した精神体たちだ。かつては、キリストや、ブッダのような精神がこの星をかすめたのかも知れないがね。ニューンベツは、今を生きる俺たちによって解釈された最初のモノリスであった。そしてその大いなる存在に気付いたのは、俺のパーティー“一千一秒物語”でソーマを飲んでた人々や、その他の大いなる薬中どもだった。


サイケデリクスをやると、宇宙人に出会ったり、神の声を聞くことがあるという。これは本当の話だ。すべての人が出会えるわけではないというが。でもサイケデリクス(科学と宗教の歴史的邂逅だ!)のおかげで、霊界はシャーマン達だけのものではなくなった。依然として素質はあるけどな。血統的にAがいちばん鮮明に、ニューンベツと交信できる。赤い色はAのアイディアだった。ここにいる女は素質のある者ばかりだ。(A:シャーマン、B:建築家、C:女優、D:学者)


サイケデリクスによって精神が強化されることは、”オルタナ”とよばれる彼ら…によってはっきりと証明された。彼らはこの星に人類の魂を見たが、それは古い魂ばかりだったようだ。俺たちはずっと死体の扱い方を間違えていたんだよ。強い精神は肉体を離れても、なお、在ること。しかし荼毘に付した肉体からは精神が失われることを、俺たちは知った。世界は今や土葬ブームで、海はどんどん埋め立てられている。でもこれは分かっていたことだ。肉体を失う火刑は最も残酷な刑罰で、恐怖だった。


かつて教会は権力の象徴であった。聖職者は学者でもあり、彼らは、民草に授けるべき知性を制限することで、絶大な力をもった。この原理は今でも同じだ。高度化した社会で、すべての物事の道理を知り、理解することができるのは一握りだ。管理社会では、河原に石を積むことが、己が命を長らえさせる。そう仕込まれる。為政者によって、知性を身につけるための機会は、巧妙に隠されている。


そして強靭な精神に根付く、高度な知性だけが、かつて神と呼ばれた存在のもとへいざなうのだ。リンクすると言ってもいい。それは図書館に並んだ本のような、宇宙に漂う精神の残渣を読み解くことだと、今の俺にはわかる。これをもって、さらに教会の力は絶対的なものとなっていた。繰り返すが、当時リンクできた精神体はニューンベツとは別のものだったろうけどね。天使や悪魔のような姿をしていたのかもしれないな。


だが訓練なしにリンクすることは簡単なことじゃない。それを手助けできるものは唯一、サイケデリクスだけだ。インディオの例がある。訓練を受けたシャーマンがサイケデリクスを使用すれば、星の動きや肉体の仕組みを知ることなど訳ないはずだ。シャーマンは小さなコミュニティにおいては神性であり、学者であり、また書物である。かつてのシャーマンは極端な存在だ。まともな人間と呼べるような暮らしはできなかっただろう。俺たちがシャーマンを「読む」必要がある。Aは特別だからな。


俺は無学だったがアンフェタミンで知識を手に入れ、アシッドでそれらを統合した。もちろん当時もそれらは違法で、隠されていた知性への懸け橋だった。俺たちの世界で初めてニューンベツとのコンタクトがあったとき、それがサイケデリクスの力のみで、万人が手にすることができる力だと知るや、精神を賦活させるものはなんだって禁止された。今は煙草を吸っただけでも死刑だ(しかも肉体は火葬されるのだ)。


そうは言っても、いつの間にか人類は、サイケデリクスのひと押しだけで、ニューンベツの教えに触れることができるようになったのだな。俺たちを繋げたのは、ネットワーク技術や優れた音楽のおかげだった……


俺は精神を制限しない。さあ、みんなグラスをもったか?一息にあおり、ニューンベツの大いなる力に触れよう。


(しばらくして私は、「しまった、これはある種の洗脳だ」と思った。強烈な力が私の意識をめちゃくちゃに蹂躙する中、彼はしゃべり続けた。感嘆するしかなかった。私は聞いているので精いっぱい……これは洗脳ではないの?)


いいかい?ニューンベツの奥義はこうだ。「その不可解なエネルギーは、その理を読み解くものから捻出される」、つまりその存在に触れたとたんに、俺たちは術にかかっているということだ。Aはよくこういう例えをする「ガラスのコップを掴むときは、だれでも“そっと”やるものだわ」と。一千一秒物語で啓示を受けた者の一人だったAとは、ある橋の下で再会した。タギングしているのかと思ったが、その文様は異様だった。Aは容器に入った赤い液体を俺に見せてくれた。ただの液体だったが均一ではなく、その表面が絶えず動いていた。筆洗いのバケツみたいに次々とランダムな模様が現れ、細部はさらなる細部をつくって、どこまでも複雑になっていった。不思議なことだよ。その動きを見ている内に、俺は体から力が湧いてくるのを感じたんだ。それは次第に我慢できないほど強烈になり、あっというまに恐怖に変わった。体中の毛穴が開いて、目玉が飛び出すような錯覚だ。次の瞬間、俺はAの足元を見ていた。Aがすんでのところで、俺の目の前から容器をどかしてくれていた。彼女は、この秘術はなんとニューンベツに教わったのだと言った。俺のパーティーで、その存在を、彼女も感じ取ったんだな。そして彼らは、あの時からずっとAのそばにおり、交信を試みれば答えてくれることがあるという。これは悲しいことだが、彼女はその時点で3人、疎ましく思っていた人間を、ニューンベツの奥義によって始末していたのだった。傍目には、Aは典型的なサイケデリクス中毒者に見えただろう。でもAは、伝統的な、新興宗教の重要な人物のようにも振る舞った。”ニューンベツの赤い…”による、すべての働きがそうであった。熱量の差がもたらす普遍的な力ではなく、人間のような精神をもつものだけが、解釈して、反応する。それはすべて無意識化で自動的に起こった。 Aと俺は何度もセッションを繰り返して、その奥義に触れようとした。その過程でAは言葉を失い、今は皆が知るとおりだ。でもAは狂ったわけではない。


Aは俺と同じものを見ている。Bは気迫がありいつも人の心をつかむ。Cは話がうまく、物分かりがいい。Dの言うことはいつもだいたい正しい。俺は皆が好きだ。皆の力をまとめたいと思ってる…

悪夢
〇〇くん、君GC-MS使って仕事してるやんか。いや、俺もずっとこの歳で、その仕事してる友達がおるんやけどな。〇〇くんと同じでまだ結婚もしとらんと、母親と二人暮らしなんや。俺と同じ歳やぞ。そいつが、ここ最近ずっと俺の家に泊めてくれ言ってきてな。俺も嫁もおるワケやし、そんな泊めるなんてできひんやろ。それでな、そいつ、泊めるのができんのやったら、仕事終わってから夜までの時間でいいから、家で過ごさせてくれって食い下がりよるねん。なんでも、最近仕事が減って減って、定時まで会社に居れんとか言うんや。〇〇...

悪夢

〇〇くん、君GC-MS使って仕事してるやんか。いや、俺もずっとこの歳で、その仕事してる友達がおるんやけどな。〇〇くんと同じでまだ結婚もしとらんと、母親と二人暮らしなんや。俺と同じ歳やぞ。そいつが、ここ最近ずっと俺の家に泊めてくれ言ってきてな。俺も嫁もおるワケやし、そんな泊めるなんてできひんやろ。それでな、そいつ、泊めるのができんのやったら、仕事終わってから夜までの時間でいいから、家で過ごさせてくれって食い下がりよるねん。なんでも、最近仕事が減って減って、定時まで会社に居れんとか言うんや。〇〇くんもそうやったか?違うよな。それで、夕方5時頃にウチに来て、ほとんど毎日夜9時ぐらいまでいたんや。なんか浮かん顔して、くらーい気分でソファーとかに座ってるんや。はじめのうちは俺とも、家内とも話してたんやけど、そんな毎日来られてもなぁ。3日もしたら、もう話すこともないし、事情もきけへん感じやし、気味悪うてな。家内も露骨に迷惑そうにしだして、それでもあいつ、辛抱強く毎日通ってくるねん。それが2週間か、もしかしたらひと月ぐらい続いてたんかもしれん。俺も、家内の手前、そろそろやめてくれんか言うたんやけど、あいつ、なんや土下座までして、頼む、仕事がのうて暇してんの、親には見せられへんのや言うて。それで、もう好きにせい言うて、ほとんどお互いに話しもせんようになったんや。それでな、こないだ俺が帰ってきたら、あいつリビングで泣いてたんや。家内も同窓会に行くとかでおらんかったから1人や。俺が帰ったのにも気付かんと、泣きながらなんかブツブツ言っとんねん。それでな、俺も気になったから気づかれんようにそっと後ろから聞き耳立ててみたんや。そしたらや。おかあちゃん、ごめん、ごめん、言うとる。それで、『俺、おかあちゃん、殺してしもうたぁ』とかも言っとんねん。俺もう、たまげてなぁ。ほんまに。それで、俺も怖いやんか。やから、こっそり警察に連絡してきてもらって、連れてってもらったんよ。それで、後から事情聞いて、もうびっくりしたわぁ。あいつ、もうだいぶ前に、俺のとこ泊まりよるようになった頃か、自分の母親殺して、誰にも言わんと家に隠しとったんやと。あいつ、それで、家に帰りたくなかったんかなぁって。どうや。それで、まだ続きがあってな。あいつの一家、宗教に凝っとってな。母親殺したのもそのせいやねんて。なんか、その宗教の人が集まって連絡取り合うための、インターネットの、いわゆる掲示板みたいなのがあったらしいんやわ。信者だけのための奴やったらしいねんけど、なんかイタズラしよる奴らがおったんやと。まぁ、その宗教の悪口とか書き込むわけや。それで、だいぶ前から、便乗して書き込む奴の数も増えて、メチャクチャに言われとったんやと。それがホンマに許せへんかったらしいねんなぁ。そいつ、イタズラする奴らを追い出すために、毎晩寝ずに相手しとったらしいわ。そんでしまいには、仕事中もそこに張り付いて、監視して、なんか書き込みをやめさせるための、なんか特殊な書き込みをしとったらしい。それで、精神病んだんやろな。思いつめて、些細なことで、母親殺してしもうたらしいねんなぁ。それでな、〇〇くん。そのあいつのしてた書き込みがコレやねんけど、どう思う?こんな画像もついてたらしい。見たら頭おかしなるらしいぞ。

『狂犬病の神様』
長らく私たちのもとに神様のまなざしはなく
神父様にだって慰めが必要だったってこと
私には解ったわ
おそろしい虫が私の頭の中に入り込んで
私の心臓を勝手に止めようとしたのよ
たくさんのお医者様が頭を抱えて
みんなが泣いていたのだわ
あの麻酔薬が私の病気を癒やしたとき
はっきりと解ったの
つまり 見えないものが
まだ私たちの周りにいるってことなの
きっと 都合のつかない何かが
今までもこれからも
私たちをどうにかするのだわ
そういうことなら
依然としてこの世には
誰かが噂しているとき...

『狂犬病の神様』

長らく私たちのもとに神様のまなざしはなく

神父様にだって慰めが必要だったってこと

私には解ったわ


おそろしい虫が私の頭の中に入り込んで

私の心臓を勝手に止めようとしたのよ

たくさんのお医者様が頭を抱えて

みんなが泣いていたのだわ




あの麻酔薬が私の病気を癒やしたとき

はっきりと解ったの


つまり 見えないものが

まだ私たちの周りにいるってことなの

きっと 都合のつかない何かが

今までもこれからも

私たちをどうにかするのだわ


そういうことなら

依然としてこの世には


誰かが噂しているときに出るくしゃみなんかまだまし

あなたを震え上がらせた明晰夢

悪霊

狂死だって確かに存在するのだから

暗闇の中にいたあらゆる恐怖がよみがえる気がして

私は身の毛がよだつの




でも こうも言えるんじゃないかしら?


私のときと同じあの薬が

手足のない化学者の痛みをようやく癒やしたのなら


私あなたとは運命だったのって

身体の底から込み上げてくる喜びが

夜明けのように世界を照らすの

イルカの歌

美しい曲を聴いて身体が震え

かけがえのない風景に涙があふれ

言葉をなくして通い合う


あらゆる神秘が復活するのを感じるわ


Jeanna Giese(1989~)

タグ: drug poem
entheorg:
““人を不安にさせることでお金儲けする社会において、ありのままの自分を好きでいることは反抗的なことだ。” ”

entheorg:

“人を不安にさせることでお金儲けする社会において、ありのままの自分を好きでいることは反抗的なことだ。”

世界一ひどい犯罪はルールを破る人たちではなく、ルールに従う人たちが犯してきた。爆弾を落としたり、村を襲ったりといった命令に真面目に従うような人たちのことだ。とんでもないことをしてしまわないように気をつけるためには、決して人に言われたとおりにはしないこと。それだけが確実な方法だ。
— バンクシー (via entheorg)

2年前

絵も描き続けたいしなぁ。まあ⚪︎⚪︎⚪︎くんと演出やる方向に行っても、そういう能力(ではなく趣味)を精進し続ければ役立つな。最終的なその目的の中に“お金”がもし含まれてなかったら、凝った風にしないといけない。自分が関係の中に身を投じるって言うか、そういう瞬間をずっとずっと増大させていくように日常を過ごしていったらいいんだろうな。一番自分が満足して、マタァリできるっていうことなんやな。焦っている自分が余裕ない風で人を安心させられないんやろうな。スピードグラファーは“危ない人たち”が余裕で東京で生活できてる世界は(怖い)っていうテーマって捉えるな僕は。怖さに全てが覆われていても雰囲気って言うのがある人間の関係という現象はものすごく深いように感じるな。でも錯覚とも考えるな。そっちの方がおそらく正しいんだろうけど、ルールを自分で作って、その中で最大限に楽しむって、そういう複雑である意味思い込みの激しい、すさまじく発達した神経による雰囲気を解釈する遊びは、生き物の社会性の発端だったっていう気がするな。熱量の相対がさらに効率よく減じられるように、その回答はそれこそ無数にある星の数だけあったのだろうけど、そのうちの一つの結論なんだろうな。感情という複雑に、偶然な淘汰的進化の中で歪められた装置で、外界を、自分の来て、これから行くところのもつ大いなる力の存在を知覚するという遊び。繰り返すがしかもそれはほとんどではなく、全てが錯覚であるし。錯覚によって僕たちは必要以上に、宇宙に蔓延する太古のビッグバンのエネルギーのつながりに自らを縛り付けてる。なぜならそれは「ルールの中でもっと効率よく他者とつながり行為を起こすため」である。行為とはもちろん、太陽の(ビッグバンの)エネルギーを使い果たすための遊びである。その回路のために人は個性として、浪費に対してある種シリアスな価値観をもっている、なんて意味不明な存在を与えられる場合すらあるのだぞ。この長く続いたようにものすごく詳細に記録し伝えている人類という流行病の中では。・・・今煙無敵モード!

ヤクいさんは語るッス

『まずみんな梵か、最近ではハーブをやることになるッス。その後、エッチな人やチンピラはシャブ(とコーク)に行くッスが、好きモノは玉かアシッドに行くッス。シンナーからシャブの文化もあるッスが、つまるところシャブの人たちはセックスにドラッグを求めるッス。ドラッグ自体を愛でる人たちはシャブの人たちを軽蔑するッスが、どちらも金がなくなるッス。シャブの人たちは逮捕されて、アシッドの人たちはおかしくなってまともに働きたくなくなるッス。いずれもヘロインで遊びはじめると、なんでもよくなるッス。サバイバルッス。そのうちシャブの人たちは働くことを覚えて、アシッドの人たちは健康第一と気付くッス。農業とか始めるッス。まとまった時間がなくなると長い奴はできなくなるッスから、梵ぐらいはヤりたいってなるッス。ドラッグは梵に始まり梵に終わるッス。』

でもこれは彼女にとって新しい感覚。彼女は意図せずに命をもてあそんでいたから。

死ぬときの快楽を。脳みそを吸い取られる快感を。私にとって、こんなドラッグはどれも色褪せて見えるもの。何故なら自他、無己の感覚なんて、どれだって死を越えられはしないもの。死を越えて私は生き続けるなんて人は云うけれど、私は何度も死ぬ感覚に打ち震えているだけ。期待して、いつも身体を密かに震わせているの。でもそんなことわざわざ哲学的に考察する必要なんてない。目覚めた次の日の夜だけで、十分よ。議論が皮肉の域を超えて価値をもたらすことなんて未だないから。私は斜に構えもしないけど。もっと普通に、私は物事を捉える。(普通かしら?)

新しい命は私のように使い捨てか。私は使い捨てじゃないけれど、簡単なのか。シンプルなのは死だ。私の死は誰よりも、厳かに心打たれた世界を遠ざける性質のものであるから。私のお腹に宿ったまま死んだひとときの鼓動は、意思の目覚めとその他のあらゆる志向性から解放されて、世界に投げ出された。彼は(或いは彼女は)熱量のある幸福を一蹴にして、深遠なる虚無の幸運を無尽蔵に味わい尽くす。それは始めから何もなかったということ。傷つくけれど、今度実際に子供が生まれても私は私が傷つくことを知っている。私は世界を味わい尽くした高慢な目で、皮肉と諧謔に満ちた歌声で彼を眠りに誘うからだ。彼はもう目覚めたくはないだろう。

で、実際問題。レイプされているときも刻一刻とサーバー上に彼女の複雑な気持ちが上書きされていくわけ。でもそれをシャットアウトするほど彼らもお人好しではない。もちろん彼女が復活して場所を覚えているから復讐しに来ることはある。でも彼らは彼女を傷つけるのを選ぶ。そんなリスクはここでは当然だからだ。脳は複雑だ。そっくりそのまま保存は可能になったがそのアドレスを設定することなんてできない。だからダウンロードは一体のみに対して行われ、そのフィードバックも一体のみからでないとどうなるか解らない。人間の心は壊れやすい。それはわずかな電位、そして分子の流れだから。

禁煙‡ャ冫∧°―冫

“〓ュ―冫∧~“/”とι力丶俺(こは聞乙之Tょ力丶っT=ので“〓ュ―冫∧~”/”と吁ふ~乙と(こιT=。彼らは乙の星系を巡ゐ精神の残さT=~。今力丶ら話す乙とは、君ら(こは何度力丶説明ιT=乙とか~ぁゐと思ぅ。

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廾イヶ〒~リ勹スをゃゐと、宇宙人(こ出會っT=Ч、神の声を聞<乙とか~ぁゐとしヽぅ。乙れは夲当の話T=~。す∧~ての人か~出會之ゐゎ|ナではTょしヽとしヽぅか~。でも廾イヶ〒~リ勹ス(科學と宗教の歴吏的邂逅T=~!)のぉ力丶|ナ~で、霊界はシャ―マ冫達T=~|ナのものではTょ<TょっT=。依然とιて素質はぁゐ|ナと~Tょ。血統的(こAか~しヽちは~ん鮮明(こ、〓ュ―冫∧~“/と交信できゐ。亦しヽ色はAの了イ〒~ィ了T=~っT=。乙乙(こしヽゐ女は素質のぁゐ者は~力丶ЧT=~。(A:シャ―マ冫、B:建築家、C:女優、D:學者)

廾イヶ〒~リ勹ス(こょって精神か~強化されゐ乙とは、彼ら(こょってはっきЧと証明されT=。彼らは乙の星(こ人類の魂を見T=か~、それは古しヽ魂は~力丶ЧT=~っT=ょぅT=~。俺T=ちはずっと歹ヒ体の扱しヽ方を閒違之てしヽT=んT=~ょ。強しヽ精神は肉体を離れても、Tょぉ、在ゐ乙と。ι力丶ι荼毘(こ付ιT=肉体力丶らは精神か~失ゎれゐ乙とを、俺T=ちは知っT=。丗界は今ゃ土葬┓~―厶で、海はと~んと~ん埋め立てられてしヽゐ。でも乙れは兮力丶ってしヽT=乙とT=~。肉体を失ぅ火刑は最も残酷Tょ刑罰で、恐怖T=~っT=。

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そιて強靭Tょ精神(こ根付<、髙度Tょ知性T=~|ナか~、力丶⊃て神と吁は~れT=存在のもと∧しヽさ~TょぅのT=~。リ冫勹すゐと言ってもしヽしヽ。それは図書館(こ並んT=~夲のょぅTょ、宇宙(こ漂ぅ精神の残渣を讀み解<乙とT=~と、今の俺(こはゎ力丶ゐ。乙れをもって、さら(こ教會の力は絶対的TょものとTょってしヽT=。繰Ч返すか~、当時リ冫勹できT=精神体は〓ュ―冫∧~”/とは別のものT=~っT=ろぅ|ナと~ね。天使ゃ悪魔のょぅTょ姿をιてしヽT=の力丶もιれTょしヽTょ。

T=~か~訓練Tょι(こリ冫勹すゐ乙とは簡単Tょ乙とし~ゃTょしヽ。それを手助|ナできゐものは唯一、廾イヶ〒~リ勹スT=~|ナT=~。イ冫〒~ィ才の例か~ぁゐ。訓練を受|ナT=シャ―マ冫か~廾イヶ〒~リ勹スを使用すれは~、星の動きゃ肉体の仕組みを知ゐ乙とTょと~訳TょしヽはずT=~。シャ―マ冫は小さTょ]ミュ〓〒ィ(こぉしヽては神性でぁЧ、學者でぁЧ、まT=書物でぁゐ。力丶⊃てのシャ―マ冫は極端Tょ存在T=~。まともTょ人閒と吁∧~ゐょぅTょ暮らιはできTょ力丶っT=T=~ろぅ。俺T=ちか~シャ―マ冫を『讀む』必要か~ぁゐ。Aは特別T=~力丶らTょ。

俺は無學T=~っT=か~了冫┓ェ勺ミ冫で知識を手(こλれ、了シッ┠~でそれらを統合ιT=。もちろん当時もそれらは違法で、隠されてしヽT=知性∧の懸|ナ橋T=~っT=。俺T=ちの丗界で初めて〓ュ―冫∧~“/との]冫勺勹├か~ぁっT=とき、それか~廾イヶ〒~リ勹スの力のみで、萬人か~手(こすゐ乙とか~できゐ力T=~と知ゐゃ、精神を賦活さ也ゐものはTょんT=~って禁止されT=。今は煙草を吸っT=T=~|ナでも歹ヒ刑T=~(ι力丶も肉体は火葬されゐのT=~)。

そぅは言っても、しヽ⊃の閒(こ力丶人類は、廾イヶ〒~リ勹スのひと押ιT=~|ナで、〓ュ―冫∧~”/の教之(こ触れゐ乙とか~できゐょぅ(こTょっT=のT=~Tょ。俺T=ちを繋|ナ~T=のは、ネッ├ヮ―勹技術ゃ優れT=音楽のぉ力丶|ナ~T=~っT=・・・

俺は精神を制限ιTょしヽ。さぁ、みんTょ勹~ラスをもっT=力丶?一息(こぁぉЧ、〓ュ―冫∧~“/の大しヽTょゐ力(こ触れょぅ。

味とにおいの分子認識

食品の嗜好性因子として、フレーバーという言葉があるが、これは食物を口に含んで嚥下するまでの間に受ける総合的な感覚を示す言葉である。しかし、狭義には味とにおいの化学感覚のみを示すこともあり、さらに意味が限定されて「フレーバー分析」は香気物質の分析、「フレーバリング」は味と香りづけの方法から単なる付香技術として用いられることすらある。これは食品の味と香りが密接に関連していることを示す好例であるが、科学的な記述の場合混乱をもたらすことも多い。したがって、食品香気の議論に必ずといってよいほど登場するフレーバーという言葉を今回は意識的に使用しないことにしたが、実用面での食品香気とフレーバーの関係の重要性を過小評価するものではない。

このように文章の内容がわからずとも、言葉を順序良く書き記すことはでき、それが反復されることで身体的な、“神経的な”経験として学ぶことも可能だと思われる。このことがワープロやキーボードを用いて行われると、その機器の対称性が生き物の、有機的構造物としての過去の記憶を呼び覚ますことにもなろう。つまりすべての存在は“対称性”をもつ。書く人は(なにも四つん這いにならずとも)たちまちに冴えてくる自分を感じるだろう。言葉を紡ぐということはどういうことか。本を読むとはどういうことか。つまり私は近年の成果から、このように興味のない学術書の文章を書きうつすように、書いて自分を慰めるというような器用なことをやってのける。つまり本を読んでいる自分と、言葉を発したい自分がおり、そこには入力に対する応答として常に同居してしまっている厄介な意識があるのだ。これは以前の状況とは違っている。

食品の香気は通常、複雑な組成のものが微量に存在するので、香気成分の単離、各組成成分の分離、化合物の同定といった科学的な研究手段は近年に至るまできわめて困難なものであった。1970年代から始まる高分離能ガスクロマトグラフィーの開発、それに接続された質量分析計、データのコンピューター処理の発展により、香気成分の化学分析はようやく可能になった。こうして分析された成分は通常数100にのぼるが、そのすべてが香気に関与するわけではない。特定の食品の香りに寄与する主要成分がある場合にこれを鍵化合物と呼び、食品の香りを化学的に記述するときはこの鍵化合物に絞られることが多い。表1に典型的な食品中の香気鍵化合物の例を、その存在する食品、認知閾値とともにまとめた。閾値とはその化合物の香気特性が感じられる最低濃度であり、閾値の低いことはそれだけ「におい」も強く感じられる。香りの閾値が味と大きく異なる点は、その変動域の大きさである。任意に選んだ表1の化合物群中でもグレープフルーツ特有香の1-パラメンテン-8-チオールは現在知られている食品香気として最も強いものの1つであるが、これと乳製品(特にバター)の中に感じられる汗臭の原因である酪酸との間には閾値として実に10^8に近い変動域がある。一方、食品の中にはこれといった鍵化合物は存在せず多数の香気化合物のハーモニーにより特定の香りを占めすものも多い。コーヒー、紅茶などの世界的な嗜好飲料がこの例である。

読むことは麻薬と同じ作用をもたらすが、書くことは少し違う。読むことは入力で、ドラッグは摂取するものであり、書くことは素面でも出来ることだからである。読書は入力される自身をいざなうという点で書くことよりも簡単である。書くことは常に読むことを伴うのでフィードバックとしての入力があり、これが書く人自身をトランス状態に導く(オートマティスムと呼ばれる)。たとえばヘロインは一番強力で悪意のある麻薬であり、取り込んだ人は書くこと(自由意思を伴うあらゆる行動!)をせぬ間にフィードバックを感じ、鮮烈な幸福を感じるが、その人が発する言葉からは一切の動機を奪ってしまう。それでもドラッグは私たちに多くを語らせようとするが、それは順序が入れ換わった、自身がもともと所有する言葉でしかない。つまり持たざる者には語るべき言葉はないのである。言葉を紡ぐことも読むことも訓練である。

本を読む人は、ときどき、壁と壁のつなぎ目に興奮する白痴にうつるだろう。壁を見ているだけでも面白いのは、解釈と習慣の賜物だが、その二つを恣意的に取り違えて自己弁護することはできない。無為の習慣は理性と人格の破壊をもたらすが、解釈は言葉を入れ替えて、つなぎ換えて無限にもてあそぶことのできる能力で、これは非難されることではない。解釈はこれができるものは、常にたくさんの壁を求めており、その面白さの秘密を知っているだろう(たとえばDJがそうである)。しかも非難する多くの人は“編集”で、ほとんどのことを説明できるのに気づきもしないのである。それは身体的に生きる自分が、1/24n秒というシネマの真っただ中に漂うのみで、絶えず生まれる現象を、理性によってつなぎ留めていられないからだろう。表象は記憶、そして時間を司る。よき思い出ということだよ。実は世の中にはフィルムを読む人(本質は現象に隠されているという人)がおり、それをつなぎ合わせる存在があるのだ。このことはほとんど読書によってのみ可能である。本にはあきらかに、あらゆる場面のあらゆる時間が、一瞥できるわずかな領域に混在していて、それらとは確かな距離を置きながらも構造を把握できる、稀有なものだからだ。さらに時間は伸び縮みさえして、ある時は控えめな存在として生活の隅に捨て置かれ、またあるときは彼の人生の分水嶺において息長く鎮座する。こんな自在さはそうない。録音を聴くことは、メロディーというゲシュタルトを呼び起こし、それは映像よりもわずかに創発的特性をもつといえるが、文章はその比ではない。それは見える時間と、それを並列して人間が処理できるギリギリに情報量を制限していることによって達成され、後者は文字がうまくその役割を負った。文字(ある言語では単語)はそのひとつひとつが数学の公理みたいなもので、すべてを引き出さなくてもある階層として事象を判断する機会を与える。もちろんすべて引き出して映画化してもいい。一方で映像がそれを達成できないことは、パイロットや看守を除き、分割された液晶を視聴する人が少ないことからもわかる。映像は強烈だがより身体的に訴え(時間や色彩を“再現”しようとし)、音はその意味をもっと限定していく。薬物中毒者と理性のないものだけが同じ記録物をありがたがるだろう。しかも音も映像も編集をするためには敷居が高い(わざと困難なことをやってのけようとする人もいるが、その人たちはよき読者であり、もはや、よき書き手でもあろう)。その点、文字なら読み替えも簡単だし、その階層だって選択できる。“タイトルがよくない”という批評とか“いろはうた”みたいなこともできる。タイトルも縦読みも、すべて、“書かれたもの”であるからだ。ただしその恩恵を被るには、やはり、言葉を理解する能力が必要であろう。言葉の歴史やメタファー(暗喩)についてもいくつか知っているべきであろう。あらゆる修練はこれに読み解く喜びをあたえ、余生への祝福は際限なく続くだろう。そして彼はいつも同じことを話す人にほほえみかけるであろう。いつか書くことを覚えた人々は書きすぎないこともまた覚えるだろう。その意味で詩は最も権威があるであろう。

 食品の価値は、第一には味が良いことであり、第二には栄養価が高いことである。また、最近では、多くの疾患が日常の食生活に由来しているとも指摘されており、病気の予防という観点からの食品の重要性がクローズアップされている。この章では、まず食品の味を取り上げ、ついでに味と栄養および病気との関係を取り上げる。

 食品の成分を分析すると、おびただしい種類の化合物が検出される。食品にはこんなに複雑な成分が含まれているので、以前は食品の味を化学の言葉で論じるのはほとんど不可能と考えられてきた。しかしながら、現在では、食品の味が意外と少数の成分で決定されていることがわかってきた。まさに、化学の言葉で、食品の味を論じることができるようになってきた。